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第13回公演第17回公演(参考解説)
         C.モンテヴェルディ 「聖母マリアの夕べの祈り」

【解説:ラ・ヴォーチェ・オルフィカ 杉村 泉】

1 モンテヴェルディと聖母マリアの夕べの祈り

 1567年に北イタリアのクレモナに生まれたクラウディオ・モンテヴェルディは,同地でマルカントニオ・インジェニエーリに作曲を学んだ後,1590年からマントヴァのヴィンチェンツォ・ゴンザーガに仕えるようになる。マントヴァ時代には,《マドリガーレ集》第3巻〜第5巻を発表するなど,活発な作曲活動を行っていたが,彼が確固たる名声を得たのは意外に遅く,マントヴァ時代末期,1607年の《オルフェオ》初演後のことであった。《聖母マリアの夕べの祈り》が作曲されたのは,おそらくその翌年の1608年から1610年の間であると推測される。C.モンテヴェルディ肖像
 1610年9月,《聖母マリアの夕べの祈り》は,《“イン・イッロ・テンポーレ”に基づく6声のミサ曲》とともに,ヴェネツィアのアマディーノによって8冊のパートブックとして出版された。当時のヴェネツィア共和国は出版の規制が緩く,ローマ教会の検閲を認めていなかったこともあって,ヨーロッパ最大の印刷・出版の中心地となっていた。従って,モンテヴェルディが同地で出版することを選んだのは当然の成り行きであった。彼は,この2年後の1612年までマントヴァのゴンザーガ家に仕えることになる。
 彼の経歴を繙くときに注目されるのは,《聖母マリアの夕べの祈り》以前の彼の作曲活動の中心は世俗曲で,全くと言っていいほど教会音楽は書いていないという事実である。その彼がなぜこのような大規模な宗教的作品を書くに至ったのだろうか。当然,何らかの機会のために委嘱されたと考えられるのだが,第1曲に《オルフェオ》のファンファーレがそのまま使われていることからも,マントヴァにおける祝祭のために書かれた可能性は高い。しかし,1608年秋には彼は既にマントヴァを離れることを考えていたとみられるので,内心,ヴェネツィアのサン・マルコ寺院の楽長を任命する人々へアピールすることを目論んでいたかもしれない。事実,海(maria)を讃えた“Audi caelum”をテクストにとりあげていることなど,水の都ヴェネツィアを連想させる箇所が少なくない。いずれにせよ,16世紀半ばのトレント公会議以降,反プロテスタントの立場からマリア信仰が高まりを見せていた最中に,この作品は書かれたのである。
 《聖母マリアの夕べの祈り》においてモンテヴェルディが用いた様式は,彼自身が言うところのセコンダ・プラッティカ(第2作法)の粋を集めたとも言うべきものである。同時に出版されたミサ曲の厳格なプリマ・プラッティカ(第1作法)との対照性には驚かされるが,彼ばかりでなく彼の同時代人においても,両者は同時に存在していたのである。様式や編成の多様さは言うまでもなく,非典礼的なテクストの採用,名人芸的な器楽パートなど,どの要素をとりあげても,それまでの教会音楽の枠組みを遥かに凌駕している。そして,一見種々雑多に見えるこの晩課に統一感を与えるために,モンテヴェルディは典礼的楽章のすべてに一貫してグレゴリオ聖歌の定旋律を用いるという,あまり前例のない手段をとった。
 世俗音楽のスペシャリストであったモンテヴェルディは,《聖母マリアの夕べの祈り》の3年後,サン・マルコ寺院の楽長に就任し,自らの生涯を神に捧げる道を選んだのであった。

2 晩課(Vespro)について

 カトリックの典礼には,ミサと聖務日課があるが,聖務日課のなかで古くから最も音楽的に重視されてきたのが,夕べの祈り,即ち晩課である。
  晩課の構成
 ヴェルシクルム−レスポンソリウム
 アンティフォナ・−詩篇・−アンティフォナ・
 アンティフォナ・−詩篇・−アンティフォナ・
 アンティフォナ・−詩篇・−アンティフォナ・
 アンティフォナ・−詩篇・−アンティフォナ・
 アンティフォナ・−詩篇・−アンティフォナ・
 カピトゥルム
 イムヌス−ヴェルシクルム−レスポンソリウム
 ヴェルシクルム
 アンティフォナ・−マニフィカト−アンティフォナ・
 (この後祈りと結びの唱句が唱えられる)
 以上のように,晩課は主に5曲の詩篇,イムヌス,マニフィカトからなっている。詩篇の前後には,旋法の一致するアンティフォナ(交唱)を置く。しかし,詩篇の後ろのアンティフォナは,モテットや器楽曲などに置き換えられることもあった。モンテヴェルディの場合も,モテット,コンチェルト,ソナタがアンティフォナの代用として機能していると考えられている。この作品を典礼的コンテクストで演奏しようとする場合に最も問題となるのは,モンテヴェルディが全く言及していない詩篇の前のアンティフォナの選択である。というのは,5曲の詩篇の組合せに対応する旋法をもったアンティフォナを使用する祝日は存在しないからである。しかし,17世紀初頭には,アンティフォナと詩篇の旋法を一致させることは,もはや重要ではなくなっていたようだ。従って,今回の演奏では,あくまで妥協案であるが,マリアの祝日の中から特定の1日(8月15日)を選ぶことにした。旋法の不一致は,詩篇とのスムーズな繋がりを考慮して,アンティフォナのピッチを変えることで補った。
・アンティフォナの出典
 Antiphonarium iuxta Breviarium Romanum(Antwerp, 1571-3)

3 今回の演奏について

 初版譜のファクシミリを見ると,作曲者自身は以下のような楽器を指定している。
  Violino da brazzo(ヴァイオリン)
  Viola da brazzo(ヴィオラ〜チェロのサイズ)
  Contrabasso da gamba(ヴィオローネ)
  Cornetto(コルネット)
  Trombone(サクバット)
  Trombone doppio(バス・サクバット)
  Fifara(フルート)
  Pifara(ショーム)
  Flauto(リコーダー)
  Organo(オルガン)
 さらに,このような大規模な作品にはさまざまな通奏低音楽器が必要になる。そこで今回の演奏では,以下の楽器を加えた。
  Cembalo(チェンバロ)
  Chitarrone(キタローネ)
  Fagotto(ドゥルツィアン)
  Violetta(ヴィオラ・ダ・ガンバ)

 これらの楽器,特にオルガンや管楽器の現存するオリジナルを見ると,その大半がa=460〜468Hzという現在よりも約半音高いピッチをもっている。今日初期バロックの北イタリアにおけるピッチはほぼこの辺りに確定されていることから,われわれはa=466Hzというピッチを使用することにした。このことに関連して,興味深い事実がある。当時のオリジナル管楽器のほとんどがa=460~468HzでのC管,G管,D管(稀にD管)というどちらかと言えば♯系の調子であるのに対し,サクバット(トロンボーン)のみが現代の楽器とほぼ同じ管長(即ちa= 440HzでのB管またはEs管)であり,このことが,初期バロックの演奏ピッチについてさまざまな論議を巻き起こしてきたのである。しかし,標準ピッチが半音高かったとすれば,サクバットもA管またはD管という当時のスタンダードな調子として説明がつく。実際に現代の金管楽器の多くがB管であることの由来はトロンボーンにあるが,それが400年も昔のピッチに起因しているということは驚きに値する。
 ところで,「マニフィカト」の第3曲にのみ使われるFifara/Pifara/FlautoのうちのPifaraについては,Fifaraのミスプリント,つまりPとFを間違えたのではないかという説が強いのだが,今回は敢えてオリジナル通りPifaraを使用する。
 さて,次に第10曲「エルサレムよ,主を讃えよ」と第13曲「マニフィカト」の演奏ピッチについて言及しておきたい。両曲は通常と異なる音部記号で書かれている。これを記譜通りに演奏した場合,ほかの曲に比べて音域が著しく高く,楽器の通常の音域からも逸脱する。1984年にアンドリュー・パロットは,当時の鍵盤楽器の特性や当時の理論書に見られる移調演奏に関する記述などを根拠に,この2曲は記譜よりも4度下げて奏されるべきであるとの説を提案した。ここ数年,この問題についての研究がさらに進み,新たに第10曲の2度下げ説も登場し,それを実践したCDも何枚か発売されている。今回は,ひとつの試みとして,第10曲は2度下げで,第13曲はパロット説に従って4度下げで演奏するが,a=466Hzにすることにより,「低すぎて華やかさに欠ける」といったパロット説に対する批判もかなり解消できると考えている。

4 楽曲について

1. Domine ad adiuvandum 「主よ,早く私を助けに」6声の合唱と器楽
 “Deus in adiutorium meum intende”というヴェルシクルムが唱えられるのに続いて,華やかなレスポンソリウムが始まる。声楽はファルソボルドーネの慣習に従って同一和音上で歌い,一方器楽は《オルフェオ》冒頭のトッカータが転用されている。《オルフェオ》では弱音器付きのトランペットで奏され,ハ長調でかかれているが,当時使用されていたトランペットは弱音器を付けると音が全音上がる性質をもっていたため,実際にはニ長調で鳴り響いていたことになる。一方,《ヴェスプロ》の方は,トランペットは使われていないので,モンテヴェルディは実音通りニ長調で記譜しているのである。

2. Dixit Dominus 「主は言われた」6声の合唱/ヒポフリギア旋法
 冒頭の定旋律と対旋律の対話による模倣中心の展開から次第にホモフォニックになり,ファルソボルドーネを経てポリフォニックなカデンツへと流れ込んでいくさまは,見事と言うほかない。バスによる定旋律を伴ったソプラノやテノールの2重唱を間に挿入しながら,6声の合唱は毎回異なる様式で展開されてゆく。この作曲家の技法の多彩さが随所に現われた作品である。

3. Nigra sum 「私は色は黒いが」テノール独唱
 第2曲の後ろのアンティフォナとして置かれているのがこのモテットである。通奏低音に乗って歌われる技巧的な旋律は,宗教的作品というよりもオペラのアリアの如き様相を呈している。テクストは雅歌から採られているが,“surge(起きよ)”という歌詞の部分の音階的な上昇音型に代表されるように,言葉と音楽の見事なまでの統合が達成されている。

4. Laudate pueri Dominum 「主を讃えよ,しもべたちよ」8声の合唱/ヒポミクソリディア旋法
 定旋律と対旋律が各声部で繰り返し歌われた後,ソプラノ,テノール,バスの順にそれぞれ2重唱が定旋律とともに次々と現われ,その終結と同時に8声の2重合唱が再びなだれ込んでくる。定旋律は曲全体を通じて歌われ,最後の“Amen”の部分では,メリスマを歌う合唱群の中からテノールだけが残り,静かに曲は閉じられる。

5. Pulchra es 「お前は美しい」ソプラノ2重唱
 これは年間14回あるマリアの祝日の中でも最も重要なマリア被昇天の晩課に用いられるアンティフォナに基づいた作品で,テクストは第3曲と同じく雅歌からの引用である。装飾に彩られた二人のソプラノの流麗な旋律は,互いに模倣しあい,また時にはホモフォニックに進行してゆく。

6.  Laetatus sum 「私は喜んだ」6声の合唱/ヒポドリア旋法
 16世紀後半から17世紀のイタリアで大流行したバス定型「ルッジェーロRuggiero」の上に定旋律が歌われて曲は始まる。このバスの旋律は合計5回登場するが,声楽は2重唱,3重唱,6声の合唱とさまざまに変化して現われる。この曲は,モンテヴェルディのハンガリー遠征の直後に書かれており,この軽快なバスをはじめ,随所にハンガリー音楽の影響が見られ,異色の作品となっている。

7. Duo seraphim 「二人のセラフィムが」テノール2重唱のちに3重唱
 「二人のセラフィムが」の名の通り,二人のテノールがメリスマの限りを尽くした見事な旋律をエコーとなって歌う。“Sanctus(聖なるかな)”の部分に見られる音型は,サン・マルコ寺院に数多く残るコンスタンチノープルからの戦利品に見られるような,当時のヨーロッパ人のオリエンタリズムを感じさせる。なお,今回は冒頭と中間部に,2本のトロンボーンとファゴットによるシンフォニアを挿入している。

8. Nisi Dominus 「主が家を建てられたのでなければ」10声の合唱/ヒポリディア旋法
 各々5声ずつの2重合唱の織り成すこの詩篇は,ヴィラールトに始まるヴェネツィア楽派の伝統を受け継いだ書法で書かれている。定旋律はそれぞれの合唱のテノールが受け持つ。また,中間部では両合唱の掛け合いが効果的に用いられている。

9. Audi caelum 「天よ聞いてください」テノール独唱(+エコー)と6声の合唱
 第1テノールの技巧的なメリスマに第2テノールがエコーで応える。エコーの技法は第7曲でも見られたが,17世紀初頭のイタリアでは声楽・器楽を問わず頻繁に用いられ,モンテヴェルディの得意とする手法であった。単なる旋律の模倣にとどまらず,gaudio-Audio, benedicam-Dicam, orientalis-Talisといったように,テクストの面からも徹底的にエコー効果を追求している。テノールの“Omnes(すべてよ)”という呼びかけに応えるかのように合唱が加わり,マリアを讃える。

10. Lauda Jerusalem 「エルサレムよ,主を讃えよ」7声の合唱/フリギア旋法
 定旋律を歌うテノールを軸にして,各々3声ずつの合唱がここでも2重合唱による掛け合いによって進み,やがてそれがひとつになって壮大な小栄唱へと至る。

11. Sonata sopra “Sancta Maria, ora pro nobis” ソナタ「聖マリアよ,私たちのために祈ってください」ソプラノと8声の器楽
 作曲者自身によって正確に8声部の楽器編成が記されたこのソナタは,《聖母マリアの夕べの祈り》のなかでも一際異彩を放っている。合計11回,断続的に歌われるソプラノの定旋律の単純さのゆえに,次々と新しい楽想が湧き出てくるような器楽の多彩さが浮き彫りとなって現われる。

12. Ave maris stella 「めでたし海の星」8声の合唱/ドリア旋法
 7声からなるイムヌスが,初めは2重合唱の8声で,続いて第1合唱,第2合唱,そして独唱者によって歌われ,最後に再び8声で締めくくられる。この2重合唱はヴェネツィア的な掛け合い効果を目指すのではなく,各声部がポリフォニックに絡み合いながら,その上にソプラノが連綿と定旋律を歌う。各節の間には,器楽によるリトルネッロがさまざまな編成で5回挿入される。

13. Magnificat 「マニフィカト」7声の合唱と器楽/ドリア旋法
 モンテヴェルディは,《聖母マリアの夕べの祈り》のためのマニフィカトを2曲書いている。ひとつは7声の合唱と器楽によるもの,もうひとつは6声の合唱と通奏低音だけのものである。今回演奏されるのは,器楽合奏を伴った大規模な編成の方である。
 テクストは全12節あり,全曲を通じて一貫してドリア旋法による定旋律が用いられている。しかし,そのひとつの旋律から紡ぎ出される作品は,それぞれ全く異なったスタイルをもっており,その技法の多様さには驚かされる。この大作を締めくくるのにふさわしい壮大なマニフィカトである。

 


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