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第15回公演

C.モラレス(Cristobal De Morales (1500年頃〜1553年))とその時代

【概要】
モラレスは南スペイン・アンダルシア地方に生まれ、若くしてスペイン中部の古都アビラの大聖堂楽長になりましたが、30代から40代にかけてローマに渡り、教皇の聖歌隊で歌手 兼 作曲家として活躍しました。
その作品は生前から、フランスやイタリアで人気を博したほか、宗教改革の気運高まるドイツでも主義主張の違いを超えて受け入れられ、さらには海を越えたメキシコでも印刷出版されるほどの評価を受けました。まさに国際的音楽家であったといえましょう。

モラレス肖像画 【生涯】
『音楽におけるスペインの光』…これは16世紀の前半に活躍したスペインの作曲家クリストバル・デ・モラレスに、同時代の音楽理論家が捧げた敬称です。16世紀初頭のスペインは、冒険家たちの命を賭けた新大陸発見に湧き、また王家間の縁戚関係によって北方フランドルやオーストリアまでを勢力圏におさめ、未曾有の黄金時代を迎えていました。この時代に、音楽の力によって海外雄飛を遂げたのがモラレスです。
モラレスは南スペイン・アンダルシア地方のセビーリャに生まれて同地で音楽を学び、若くしてアビラやサラマンカの大聖堂楽長を務めています。その後、ローマに渡って教皇庁の聖歌隊員になり、ローマ教皇パウルス3世の庇護を得て10年間、歌手として活動しながら、イタリアやフランドル出身の優れた作曲家たちと交流し、ミサ曲やモテットを作曲しました。これらの作品はヨーロッパ各地だけでなく、新大陸のメキシコでも出版され、モラレスの名声を国際的に高めました。
1545年にスペインに戻ってからは、トレドやマラガの大聖堂の楽長を務め、そこで亡くなりました。
彼の作品は宗教曲が中心で、今回演奏する曲目を含むミサ曲22曲、マニフィカート16曲、モテトゥス80曲以上にものぼり、ビクトリアやパレストリーナなど、続く世代の作曲家たちにも大きな影響を与えたとされています。

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