「フェラーラ宮廷とジョスカン・デ・プレ」 |
イタリア北部、ヴェネツィアの南西に位置する都市フェラーラは、13世紀初頭にはエステ家が支配権を握るようになった。エステ家は代々、芸術・文芸を手厚く保護したことで知られ、16世紀半ばには、詩人のタッソもここで活躍した。また、美術の世界でも、コスメ・トゥーラなど多くの巨匠たちがこの地で傑作を残している。エステ家一族は、フィレンツェのメディチ家と並んで、まさにイタリア宮廷文化を代表する存在であり、とりわけフェラーラが公国となった15世紀後半からは、華麗なルネサンス文化が花開いた。 1471年にフェラーラ公となったエルコレ1世は、特に音楽好きだったこともあり、ヨーロッパ中から優れた音楽家を集めていた。 1503年、そのエルコレが破格の待遇で招いたのがジョスカン・デ・プレだった。 ジョスカンは、もともとフランドルの出身だが、ミラノやフランスの宮廷でも活躍し、当時最も著名な音楽家の一人であった。宮廷礼拝堂の楽長に就任したジョスカンは、君主のために作曲した作品をいくつか残している。 そのなかで最もよく知られているのが、ミサ曲《フェラーラ公エルコレ(エルクレス・ドゥクス・フェラリエ)》である。この曲で、ジョスカンはフェラーラ公エルコレ(Hercules Dux Ferrarie)の名前の母音を音階に読み替えて、定旋律として織り込むという斬新なアイデアを用いた。 レ(re)-ド(ut)-レ(re)-ド(ut)-レ(re)-ファ(fa)-ミ(mi)-レ(re)というその旋律は、格別特徴的というわけではない。しかし、その少ない音の配列の中から、ジョスカンが描き出すポリフォニーは、即興的な掛け合いのように自由自在に展開していく。その発想の多彩さは、20曲以上ある彼のミサ曲の中でも特に際立っている。 教会音楽と世俗音楽のいずれにおいても、ルネサンスという時代の頂点に立つ存在であったジョスカン・デ・プレ。フェラーラのチャペルにも響きわたったに違いないその旋律は、500年経った今も我々の心を捉えてやまない。 |
曲の楽しみ方「定旋律に隠された秘密」 |
1.Salve Regina(サルヴェ・レジーナ)と定旋律(カントゥス・フィルムス) “Salve Regina”は、様々な時代の数多くの作曲家が用いているテキストで、キリストの母、聖母マリアへの賛歌です。この中でマリアは女王(Regina)としても歓呼されています。 ジョスカンのサルヴェ・レジーナは、3部構成となっていますが、全曲を貫いて第2ソプラノが「レ・ド・レ・ソ」というグレゴリオ聖歌の定旋律で「サルヴェ(幸いなるかな)」を何度も繰り返します。 本日は、その定旋律を核として、各声部が見事なポリフォニーで美しい旋律を彩る名曲をお楽しみください。 |
5.Miserere(ミゼレーレ)と定旋律 ミゼレーレ(憐れみたまえ)は、詩編50、51編よりとられたカトリック教会の儀式用聖歌です。 ジョスカンは、このミゼレーレで奇跡のような定旋律を披露しています。 この曲も3部構成となっており、テノールの歌う定旋律は「ミ・ファ・ミ」という大変単純なものです。 ところが、第1部の定旋律では、高い「ミ」から始まり「ミ・レ・ド・シ・ラ・ソ・ファ・ミ」と、各定旋律の始まりの音を、何と1オクターブにわたり、すべての音階で書いています。 作曲を少しでもなさる方はおわかりでしょうが、曲には一つの調性感というものがあり、このようなポリフォニーの曲で、すべての音階を定旋律とすることは、大変な作曲技法が求められます。 第2部では、同じく低い「ミ」から始まる定旋律が、1オクターブ高い「ミ」まで全音程で歌われ、第3部でも「ミ」から「ラ」まで下がり、静かな終止を迎えます。 皆さんは、この見事な仕掛けをどのように聴かれましたか。 |
9.Nymphes des bois(オケゲムの死を悼む挽歌)と定旋律 当時、天才作曲家といわれ大変な人格者でもあった「オケゲム」の死を、「偉大な父が亡くなった」「すべての者よ嘆け」と激情的に慟哭する曲です。 フランス語で作曲されていますが、その定旋律には「レクイエム(死者のミサ)」の歌詞がラテン語で組み合わされています。 後半部分では、オケゲムの死を嘆く、自分を含む当時の代表的な作曲家4人について、「ジョスカン」「ペルション(ピエール・ド・ラリュー)」「ブリューメル」「コンペール」よ、と呼びかけています。 このため、今回のプログラムでは、この曲の前に各作曲家の作品を演奏します。 |
11.Missa(ミサ「フェラーラ公 エルコレ」)と定旋律 当時の芸術は、パトロンで維持されていました。当時ジョスカンのパトロンであった「フェラーラ公 エルコレ」の名前を定旋律に織り込んだのが、この知られざる名曲です。 「Hercules Dux Ferrarie」の母音を音名になおすと「レ・ド・レ・ド、レ・ファ・ミ・レ」となります。 ジョスカンは、この旋律を全曲にわたり定旋律としていろいろな音程で埋め込み、この見事なミサ曲を作り上げました。 また、クレドの一部やアニュスデイの第1部分では、この旋律を逆から使用しています。 皆さんは、定旋律に隠された「フェラーラ公 エルコレ」の名前を聴き取れましたか? |
参考:「定旋律(カントゥス・フィルムス)」とは 多声音楽で一番大切なテノールは、グレゴリオ聖歌の旋律を歌い、他のパートはいろいろな装飾を行うようになりました。こうしたことから、この多声の楽曲の基礎として用いられた旋律は「cantus firmus 確固とした歌=定旋律」と呼ばれました。 (ラ・ヴォーチェ・オルフィカ ホームページの「音楽豆知識」より) |
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